Beckham(ベッカム)の英語が変わった?CockneyとMockney
「中米に越してばかりの頃、英語を話す度に “pardon?” と聞き返されました。」
こんな経験を話してくれたのはトニー先生(荻窪)。先生はイングランド、ウエスト・ヨークシャーの出身。当時は、同地域の独特の訛りがあったそうです。ところが、「自分の英語は世界中どこでも通じる」と思い込んでいました。英国外でコミュニケーションを取るようになって初めて、それが間違いであることに気がついたそうです。
日英合同の建築プロジェクトで責任者を務めていたジョン先生(等々力)は、国外経験の無いイギリス人と日本人のコミュニケーションの難しさについてこう説明してくれました。
「イギリス人のデザイナー達は、普段自分達が使っている英語しか知らない。だから、日本人と意思疎通するための英語などわかるはずかないのです。」
どうやら、ネイティブ・スピーカーの英語がわからない分からないのは、私たちの英語力だけが原因ではなさそうです。アイリス先生(麻布十番)からは、こんなアドバイスをいただきました。
「ネイティブスピーカーと言っても、オーストラリア、ブリティッシュ、そしてアメリカなど、それぞれ異なったアクセントで話をしています。彼らの英語が分からないのは、あなたがそのアクセントに慣れていないだけ。問題はあなたの英語ではなくて、ネイティブスピーカーのアクセント(訛り)にあるのです。」
以前から英語が聞き取りづらいと感じていたのが、サッカープレーヤーのデイビッド・ベッカム(David Beckham)。彼の話し方は、ロンドンの下町で話されている庶民の英語、コックニー(Cockney)です。
ベッカムはロンドン生まれ。1993年から2003年の10年間英国のマンチェスター・ユナイテッドでプレーした後、スペインのレアル・マドリードを経て、2007年から2012年まで米国のロサンゼルス・ギャラクシーに所属していました。
ところが、米国移住後、「ベッカムの英語が変わった」という研究発表がマサチューセッツ大学によりされました。
まずは、次の動画を見てください。英国でプレイしていた頃と、米国の移籍後のインタビューでは、明らかに彼の英語が違うのです。
どこが変わったのでしょうか?同大学が注目したのはH音の脱落(H-droppings)。これはコックニーの特徴の一つ。
(*)H-doroppingとは
次のようにH音が脱落します。
- him ⇒ im
- her ⇒ er
- had ⇒ ad
- has ⇒ as
- house ⇒ ouse
- heat ⇒ eat
さらに、hyper-correcting(過剰修正)と言って、本来H音の必要のないところまで、H音を挿入して発音することも渡米後の彼の話し方にはあるとのこと。
また、BBCが独自にLondon Speech WorkshopのEmma Serlin代表に調査を依頼したところ、次のような指摘もありました。
- “somefing“と、TH音がF音になっていのが、”something“に変わっている
- “bea(t) them”のように単語の最後の子音、T音が脱落していたのが、”moment” のようにT音が発音されている
- 口をより大きく開けて話している
ベッカムにこのような変化をもたらしたのは、米国への移住という環境の変化のほかに、2012年ロンドン・オリンピックの親善大使としての役割を担ったこと、そして、それに伴い上流階級への仲間入りをしたことが関連しているとのこと。
それとは、対称的に興味深いのは英国財務相のジョージ・オズボーン(George Osborne)のスピーチ。もともと標準英語を話す彼が、若者や労働者階級の人々の前では、コックニーを真似て話しているモックニー(Mockney)だと批判を受けています。
mock(偽りの~、真似事の~)+cockney
実際にはそうでは無いのに、コックニー、もしくはロンドンの労働者階級の人々の話し方を真似をする人のこと。
発音はコックニーの真似をしてもも、文法的には標準的な正しい英語を話す傾向がある。たとえば、コックニーの特徴である二重否定などは用いない。
コックニーは格好が良いとか、若い人たちの人気を得やすいとか、生まれながら恵まれた環境の中で生まれ育ったのではなく、貧しい環境の中から実力によって身を立ててきたのだとうい様な事実とは異なった印象を与えたい等の目的があるようです。
(参考:“Mockney” From Wikipedia)
- “What I wanna talk to you about…”
- “We’ve hadda system…”
- “the Briddish people badly wannit fixed… “
- “I think about the kinda country…”
上記のスピーチが行われたのは、労働者階級の人々に向けて。
一方、議会でのスピーチでは、
- kind of
- British
と正しく発音している、と批判されています。
マーガレット・サッチャーやトニー・ブレアがボイスレッスンを受けて、上流階級の英語の取得を目指したのに対して、ジョージ・オズボーンは、庶民派英語で庶民の人気獲得を目論んでいるのかもしれません。
下町英語を話していたベッカムの英語が綺麗になると、気取っている(posh)と批判され、標準英語を話していた政治家が下町英語を話すとわざとらしいと批判される。英国はアクセントには随分と敏感な国民のようです。それは、話す言葉がその人の階級や収入、そして教育レベルを顕著に表してしまうラベルのような役割も果たしているからなのかもしれません。
言葉は意思疎通をするための道具です。話し手の人となりを判別するラベルとしての道具である場合もあるのかもしれません。何れにせよ聴衆が本当に着目しているのは言葉そのものではなく、道具である言葉を駆使している「人」ではないでしょうか。道具を起用に使いこなせるに越したことはありません。より上等な道具も、粗野な道具もどちらも器用に使えたほうが良い場合もあるかもしれません。
しかし、その言葉を使って何を伝えようとしているのか。そして、それが、心からのメッセージであれば、聞き手にはそのままの形で届き、CockneyであろうとPoshであろうと、上辺の批判は起こらないのではないでしょうか。そんなことを思い、もう一度話し手の言葉に耳を傾けてみようと思います。
(*)関連リンク
・コックニーのh-droppingとは?
・コックニーのglottal stopとは?
(*)参照リンク
・David and Victoria Beckham ‘getting posher’, study finds
・Beckhams ‘getting posher (The University of Manchester)