カズオ・イシグロが映画『生きる LIVING』に込めた希望とは
黒澤明監督の映画『生きる』(1952年・日本公開)で描かれたそんな人生観に、ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロ氏は魅力を感じていました。そして2022年、イシグロ氏の脚本により新たな命が吹き込まれ、リメイク版が完成。映画『生きる LIVING』として現在劇場で公開中です。
黒澤側は当初、リメイク版の制作に難色を示していたそうです。イシグロ氏が脚本を担当することに興味を持ちました。しかし、書面では不十分だとされ、最終的にはイシグロが自らこんなビデオを撮って送る必要があったと、プロデューサーのスティーブン・ウーリー氏が楽しそうに振り返っています。
‘Hello, I am Ishiguro. I’m planning to write the script for Stephen Woolley of this project.
「こんにちは、イシグロです。このプロジェクトのスティーブン・ウーリーのために脚本を書こうと思っています」
イシグロ氏の自宅の台所で自ら撮影した、3,4分の短いビデオだったそうです。「ノーベル賞作家が台所で自撮り」とは、映画以上に観てみたい動画ですね。
映画『生きる』は、医師から余命半年であること伝えられた公務員の主人公が、これまでの人生を見つめなおしてゆくというストーリーです。
自分の生涯とはいったい何だったのかと、茫然自失となっていた主人公。そんな時、転職しようとしている部下の女子職員と街でばったりと出逢います。明るく、バイタリティに溢れる彼女と言葉を交わし、時間を共にしているうちに、充実した人生を今からでもつかめるのではないかと主人公は思い立ちます。そして、それまでたらい回しにしていた「公園造り」に自らの余生を懸けていきます。
原作は1950年代後半、戦後復興間もない日本が舞台。リメイク版はほぼ同時期のイギリスが舞台になっています。リメイク版は原作にとても忠実で、物語の流れもあまり変わりません。
他方、イシグロ氏の脚本には、将来への希望を見出す仕掛けが成されていたように感じました。主人公の思いが、次の世代に引き継がれていくかもしれない、という希望です。
主人公のウィリアムズのもとで働き始めた若い職員ピーターへ遺した手紙の一部を、イシグロ氏の脚本の中から紹介します。
Even the fine spirit mustered among us as we saw the project through may not, in the end, survive long, set against the daily frustrations that are part and parcel of lives such as ours.
私たちがこのプロジェクトで得た素晴らしい精神も、私たちのような生活で生じる日々の不満に直面すると、結局は長くは続かないのでしょう。
(*) muster
〔勇気・やる気・元気を〕奮い起こす、喚起する
(*) part and parcel of
本質的な部分、要点
Should there come days when it is no longer clear to what end you are directing your daily efforts, when the sheer grind of it all threatens to reduce you to the kind of state in which I so long existed…
もし、あなたが日々の努力を何のためにしているのかわからなくなったとき、そのあまりのつらさに、私が長い間陥っていたような状態にあなたがなりそうなときが来たら…
(*)threaten
脅威を与える、(…し)そうである
…
(*) reduce
(人を困った状態)陥らせる
I urge you then to recall our little playground, and the modest satisfaction that became our due upon its completion.
私たちの小さな公園と、それが完成したときのささやかな満足感を思い出してみてください。
(*) urge
強調する
(*) recall
思い出す
(*) playground
遊び場、公園
(*) modest
慎み深く派手でない、ささやかな
(*) the modest satisfaction that became our due upon its completion.
完成したときのささやかな満足感
「ささやかな満足感」とはどのようなものなのでしょうか。リメイク版はそのことをよりわかりやすく伝えていると感じました。
黒澤監督『生きる』をご覧になったことがない方でも、リメイク版は一つのイギリス映画として、じっくりと味わっていただけると思います。カズオ・イシグロ氏執筆の台本も読むことができます。(下記リンクより)
※映画『生きる LIVING』公式サイト (リメイク版)
※映画『生きる LIVING』脚本 カズオ・イシグロ氏 著
原作の黒澤監督『生きる』はAmazon Primeなどで試聴できます。どちらもお薦めの映画です。
※黒澤明監督 映画『生きる』(原作版)
(*) 参照リンク
‘Living’ team talk Bill Nighy, positivity and how they nabbed ‘Ikiru’ rights
(SCREEN DAILY、2022年12月20日)
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