映画『Ray/レイ』で南部アメリカ英語マンツーマンレッスン
もしも、生まれ故郷に足を踏み入れることを禁じられたら。
歌手のレイ・チャールズは1930年9月23日アメリカ南部のジョージア州生まれ。「わが心のジョージ」が全米で大ヒットした翌年の1962年3月、ジョージア州のペイン大学で公演を行うことになっていました。会場は当時としては普通に、黒人と白人の観客席が分けられていました。しかし、そのことを学生たちが直接レイに抗議したところ、彼は寸前でライブを断念。激怒した白人プロモーターは契約違反を訴え、レイは敗訴。さらにジョージア州での演奏がその後18年もの間禁止されることになります。
映画『Ray/レイ』の中にこのシーンが登場しますが、南部アメリカ英語の特徴を見つけることができます。まず、二重否定と主語の省略。文法的には“There is nothing…”または“There isn’t anything…”と言うところを、主語のthereを省略して“Ain’t nothing…”と言っています。
また、“Y’all”も南部英語の象徴的な表現。You allが短縮された形で「ヤオール」とか「ヨール」と聞こえます。
PROTESTER:
No more segregation! No more segregation!
差別をなくせ! 差別をなくせ!
PROMOTER:
Welcome back to Augusta, Ray!
アーガスタへようこそ 歓迎するよ
RAY
Hey, good to see you.
いやあ どうも
PROTESTER:
No more segregation!
差別をなくせ!
REPORTER
Do you believe in the protest, Ray?
この訴えをどう思われます?
PROMOTER:
Get out of here! Ray, I’m sorry about this. Hurry on up inside.We got refreshments waiting.
じゃまだ レイ すまんな 早く中に入って冷たいものでも飲もう
PROTESTER:
Mr. Charles! Mr. Charles!
チャールズさん
You know tonight’s show is segregated? The dance floor is whites only. Negroes can’t leave the balcony.
今夜のショーも差別だ ダンスフロアーは白人だけ 黒人は踊れない
RAY
That’s how it is, man.
しょうがない ここは南部だ
PROTESTER:
You know, this is Georgia.You think we don’t know that? Negroes are persecuted in this state every day!
ここジョージアでは黒人は日々迫害を受けています
RAY
Ain’t nothing I can do about that.I’m an entertainer.And… and we all gotta play Jim Crow down here. I’m sorry, man.
俺になにができる 俺はただの歌手だ 郷に入れば郷に従え
PROMOTER:
Now get out of here, boy.
失せろ
PROTESTER:
It doesn’t have to be that way. You could change things, right here and now!
差別は間違っている 今すぐにも正すべきです
RAY
I’m sorry, son. Ain’t nothing I can do.
俺には同にもできない
PROMOTER:
You hear that, boy? That’s the way things are. Ain’t nothing or nobody can change it.
聞いたか? 誰にも変えようのないものがあるんだ
Now get your black ass out of here, and take that trash with you!
わかったらその黒いケツをあげて、とっとと失せろ
RAY
Hold on… hold on. He… he’s right. He’s right, Jeff. Get them on the bus.
待ってくれ 彼の言う通りだ ジェフ バスに戻ろう
JEFF
You sure?
本気ですか?
RAY
Get them back on the bus!
バスに戻れ
JEFF
Y’all heard him! Y’all heard Ray! Back on the bus!
聞いたか? みんなバスに戻れ
PROMOTER:
Are you serious?
正気か?
RAY
Get them on the bus. I can’t do nothing here.
バスに戻る ここでは歌えない
PROMOTER:
Ray, you know me. I’m not gonna lose money just because you suddenly got religion.
いいんだな? わしは損を被って黙っているような男じゃないぞ
RAY
Ain’t nothing I can do, man.
もう決めた
PROMOTER:
We have a contract with me. You break it, I’ll sue your ass! I’ll win, Ray!
契約がある 訴えてやるぞ わしが勝つ
RAY
You gotta do what you gotta do.
好きにしてくれ
PROMOTER:
Look, I’ll win big!
後悔するぞ
RAY
Do what you gotta do.
気にしないね
PROMOTER:
I told you, I’ll own your ass, Ray!
ケツの毛までむしってやる
PROTESTER:
Thank you, Mr. Charles. You could be the first.
ありがとう チャールズさん 先駆者です
RAY
No, thank you, son.You were right. You’re right.
僕こそ礼を言う 君の言う通りだ
PROMOTER:
You’ll never work Georgia again!
二度とジョージアには来させない!
(*)参考 DVD『Ray/レイ』
自伝『わが心のジョージア レイ・チャールズ物語』 では、この事件について次のように語っています。
誤解しないでほしい。私はアメリカの白人全員を責めようなどと思ったわけではなく、特定のグループを悪者に仕立てるつもりもなかった。白人たちは、黒人にランチを出したり、ガソリン・スタンドのトイレを貸したりして、自分たちが仕事を失うはめになるのを恐れていたのだ。彼らには、友人からのプレッシャーがあったようだ。もし白人が黒人に親切にしようものなら、彼の仲間は「おまえは黒んぼ好きか?(略)」とどなりつけたことだろう。
一方で、白人判事によって設定された人種別の学校制度を変えようとした有名な最高裁判決の話も知っていた。(略)
盲目であるおかげで、人種間の違いに気づかずにいられた。(略)私は肌の色を気にしたことがない。男性や女性を見る時には、その内面を知りたいと思う。色の違いや見た目にこだわるのは愚かなこと。それは進展を阻むものであり、私には色の違いも見えなければ、そうした差別も理解できないものなのである。
幼い頃に視力を失ったレイの苦悩を、目が見える人々が推し量ることはとても難しいことなのだと思います。その一方で、私たちは見える世界に気をとられるがあまり、本当に大切なことに気づきづらくなっているのかもしれません。毎日のように当たり前のように視界に入ってくる世界を一度遮断してみる。一瞬でも目を瞑り、聞こえてくる音に集中してみる。そうすることで、本質的な何かに気づけるのかもしれません。
▽ジョージア州
(*)参考書籍
『わが心のジョージア レイ・チャールズ物語』 (レイ・チャールズ&ヂヴィッド・リッツ共著 吉岡正晴訳・監修)