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井上陽水
『傘がない』は
英語で?
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米国人で日本文学研究者のロバート・キャンベルさんが、シンガーソングライターの井上陽水さんの楽曲「傘がない」のタイトルを、次のように英訳しました。
I’ve Got No Umbrella
すると、陽水さん本人から「それは違う」と言われたそうです。
陽水さんによれば、この楽曲の中に登場する傘は象徴で、「平和」や「優しさ」などを表したもの。
よって、「俺」の傘ではなく、「人間」、「人類」の「傘」。だから、タイトルは”No Umbrella”にしてほしいとの要請があったといいます。
2011年夏ロバートさんは、心臓を患い大手術を控えていました。
医者から仕事も運動も普段の生活も制限された彼の頭に、ふと浮かんだのは陽水さんの歌詞でした。
「心で鳴る音楽だから場所も時も選ばない」ということに気づき、陽水さんの歌詞の英訳を始めたそうです。
しかし、日本語の中に宿る「あいまい」を「ふくらみのある多層的なもの」と捉えて、「嫌いではありまえせん」と言うロバートさんでしたが、その「あいまい」に翻弄されていきます。
英語では確定しなければならないことがあまりにも多い。
主語を I にするのか、We にするのか、所有格を hers にするのか theirs にするのか。
その主体が単体なのか複数なのか。
男性なのか女性なのかなど、明確にしなければなりません。
一方、陽水さんの歌詞ではしばしばそれが省略され、ちょっとやそっとでは上手く翻訳できません。
省略を埋めてもその下にはまだ何かが潜んでいそうです。
そうでなくても、先に触れたように、日本語自体が英訳するに際しての悩みが尽きない言語なのです。
『井上陽水英訳詞集』(ロバート・キャンベル著)
これに関連して、日本文学研究者であるドナルド・キーン氏が川端康則に尋ねた次のようなやり取りも、ロバートさんは同書の中で紹介しています。
「先生の『雪国』を訳しているのですが、実はとても困っています。
この文章の主語はどこにあるのだろう、この男女の会話は何を意味するのだろう。
多くの部分で曖昧なのです」 その問いに、「余白といおうか、余情とでも言おうか、曖昧だからこそ、逆に表情を豊かに受け止める力が生まれる。
その可能を私は信じたいのです」と川端は応えています。
(「NHKスペシャル 私が愛する日本人へ~ドナルド・キーン 文豪との70年」2015年10月10日)
『井上陽水英訳詞集』(ロバート・キャンベル著)
日本語の曖昧さからかもし出される、日本語表現の豊かさを誇りに思いながらも、その一方で、この曖昧さに実は私たち英語学習者も苦しめられているのかもしれません。
ロバートさんは、ラジオ番組で陽水さんの歌詞に関して対談する機会を得ました。
ロバートさんは「青い闇の警告」(Warnings from the Blue Darkness)の冒頭の歌詞、「星のこぼれた夜に 窓のガラスが割れた 俺は破片を集めて 心の様に並べた」に関して質問します。
「俺は破片を集めて 心の様に並べた」は、「今の心の形に沿うようにならべてみるとこうだ」ということなのか、それとも「心のままに、心がゆくままに」ということなのかと、ロバートさんは訊ねます。
「凄く無粋なことだけど」と断った上で、でも、どちらかにしないとこれは英語のなりにくいとして、ロバートさんは前者の方の理解、「俺の心の形みたいに並べて」(lined them up to look like my haert)と訳したことを明かします。
これに対して陽水さんは、「ガラスが割れたわけで当然すごくエッジのある、触ると指先が傷つきそうなガラスの破片みたいな感じです。
僕の作ったときのイメージは、その主人公の心はそうやってガラスの破片みたいにもう壊れていく、つまみ上げると指先が怪我してしまうような」などと説明したそうです。
星のこぼれた夜に 窓のガラスが割れた 俺は破片を集めて 心の様に並べた」
One night the stars spilled out. A window pane cracked So I pkicke up the pieces, lined them up to look like my haert
『井上陽水英訳詞集』(ロバート・キャンベル著)
この『井上陽水英訳詞集』(ロバート・キャンベル著)は今年5月に発刊されましたが、すぐに完売。
次は6月中旬以降に再入荷とのことです。(現在ネット上ではプレミアム価格で販売中)。
陽水ファンのかたはぜひ手にとって見てはいかがでしょうか。
※関連リンク
▽「青い闇の警告」(動画)