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カズオ・イシグロ作品の
日本語訳が素晴らしい
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カズオ・イシグロ氏の作品(翻訳本)を読んでいると、その日本語文体の美しさに驚くことがあります。
「イシグロ氏が日本語で書いた小説!?」と思い違いさえしそうになります。
しかし実際は、翻訳家の土屋政雄氏の日本語訳がすばらしいのだということに気がつきます。
土屋氏はもともとは実務翻訳をされていた方。
同氏が訳したITマニュアルを息子さんに見せたところ、「本当にお父さんが訳したの?どこにも名前がないじゃない」と言われ「じゃあ、名前が載るような仕事をしようか」と思ったのが、文学作品の翻訳を始めたきっかけなのだそうです。
イシグロ氏の作品では、『日の名残り』(1990年)、『わたしを離さないで』(2006年)、『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』(2009年)、そして『忘れられた巨人』( 2015年)などの翻訳を土屋氏は手がけています。
同じ翻訳家の故・山岡洋一氏は、土屋氏の『日の名残り』を例にあげながら「翻訳の匂いがしない翻訳、すこし角度を変えて言い換えるなら、翻訳とはこういうものだという常識をつくがえす翻訳」「土屋政雄は訳しているのではない、原文を読んで原著者になりきり、日本語で小説を書いているのだ」「『訳語』を考えるのではなく、『意味』を考えている」などと高く評しています。
他方、土屋氏自身は「わかりやすい文章」と題した講演会で、「わかる」とは「自分の言葉でそれが説明できること」と語ったとのこと。「訳語」ではなく「意味」を考るという山岡氏の評にもつながる興味深いコメントではないでしょうか。
また土屋氏によれば、イシグロ氏は自分の本が世界中で翻訳され、いろんな人々に読まれることを意識して、イギリスの地方に特有の表現や、ブロークンイングリッシュなどは作品のなかで使わないとのこと。
翻訳者が誤解しそうな表現を避けているのだそうです。
なるほど、イシグロ氏の作品を原書で読むと、英語が平易でとても読みやすく感じるのは、イシグロ氏のこんなこだわりが影響しているのかもしれません。
次に紹介するのは、1993年にアンソニー・ホプキンスの主演で映画化もされた『日の名残り』(The Remains of the Day)からの一節です。
この作品のキーワードともなる「夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。(The evening’s the best part of the day)」を表現したシーンです。映画版の中でも、とても印象的なシーンとして描かれています。
The pier lights have been switched on and behind me a crowd of people have just given a loud cheer to greet this event.
There is still plenty of daylight left – The sky over the sea has turned a pale red – But it would seem that all these people who have been gathering on this pier for the past half-hour are now willing night to fall.
(原文より)
「桟橋の色つき電球が点燈し、私の後ろの群衆がその瞬間に大きな歓声をあげました。
いま、海上の空がようやく薄い赤色に変わったばかりで、日の光はまだ十分に残っております。
しかし三十分ほど前からこの桟橋に集まりはじめた人々は、みな、早く夜のとばりがおりることを待ち望んでいるかのようです」
(土屋政雄訳より)
英語を母国語とする作家がノーベル文学賞を受賞したのは、昨年受賞したミュージシャンのボブ・ディランを除くと、なんと10年ぶりとのこと。
さらに、こんな素敵な土屋氏の翻訳を通してノーベル文学賞の原文に触れることができるのは、英語学習者にとってめったにない幸運な出来事なのかもしれません。
まだの方はぜひ一度、カズオ・イシグロ氏の作品を翻訳本、原書、そして映画を通して触れてみてはいかがでしょうか。
そして「夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。
(The evening’s the best part of the day)」は実際は何を言い表そうとしているのか、味わってみてください。
また、映画版『日の名残り』(The Remains of the Day)は、イギリス英語とアメリカ英語の違いを楽しむのにも最適です。
動画を交えてETCブログで解説していますので、こちらもあわせてご一読ください。
▽The Remains of the Day (日の名残り | カズオ・イシグロ原作) でイギリス英語とアメリカ英語
※関連リンク
▽『日の名残り』 (カズオ イシグロ著、土屋 政雄翻訳、ハヤカワepi文庫)
▽翻訳批評・山岡洋一「翻訳は、日本語だ -土屋政雄訳カズオ・イシグロ著『日の名残り』」
▽カズオイシグロは日本語を話せない?翻訳の土屋政雄についても
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