今の世の中を住みにくくした人達について
1に政治家・銀行・裁判所・大企業等。
先ず、政治家たち。政治は判りにくいと一般に言う様ですが、世の中にそんなに判りにくいものはないと思います。判りにくいのは、判りにくくしているからです。
たとえば、よく哲学書は難しいと言いますが、哲学自体は難しいものではないと考えます。
私は若い時にカントの三批判を読んだことがあります。私は専門に勉強をしたわけではないので、はじめの純粋理性批判を読むのは1年もかかりましたが。先ず哲学の用語の意味が全然判りませんでした。読み終わって行きつけの本屋(昔の古本屋)に行って、
「読んだけど一年もかかった」
とがっかりして言いましたら、その主人は
「本当に読んだのか」
と聞きます。
「本当に読んだ」
と言いますと、判ったかと聞きますので、
「正確に理解出来たかどうかは判らないが、自分なりに判った」
と言いますと
「福本さん、えらいよ」
とほめられたので逆に驚きました。
自分では一冊の本を読むのに一年もかかった馬鹿さかげんいウンザリしていたので、そんなものかと思いました。主人は更に言葉を続けて、
「大学生でも完全に読んだ人は少ないよ」
と言いましたので、では次に何を読んだら良いか聞きますと、カントの実践理性批判を棚から出してくれました。さすがに今度は哲学用語も大分知っていたので、すらすらと早く読めました。
この時感じた事は、哲学書は難しいものではなく、それを誤解なく伝えるために詳しく書いたので、難しくなったのだと思いました。
真理は常に簡単なものだと思いました。
ちなみに、私の理解では、実践理性批判は、人間がよこしまな心をなくして純粋な精神状態になると、人間の心は最高善に向かう様になっている。その最高善と現在の純粋な自分を結ぶものが、道徳律だと言うことです。
哲学者に聞いたわけではないので、当たってるか正しいか判りませんが、私はそう解釈をしています。
孔子が、ある人にどの様な人が国を治めるには良いか聞かれた。上に立つ人は品性のすぐれた人格者が良い。そして、その下には有能な官吏が実務をこなすのが良いのではないでしょうか、と答えました。
その言葉を正確に伝えたい為に、私の持っている貝塚茂樹さんの論語を調べたのですが、見つかりませんでした。申し訳ありませんが、後日わかったら後記します。
2007年11月12日