『SHOGUN 将軍』の複雑だけど素晴らしい翻訳プロセス
I feel like culture is actually not what makes us separate and different. It’s finding the humanness that we all share.
文化は私たちを区別したり差別化することではないと感じています。文化とは私たちに共通する人間性を見つけ出すことなのです。
Rachel KONDO(レイチェル・コンドウ / 脚本家)
真田広之氏が主演兼プロデューサーを務めたドラマシリーズ『SHOGUN 将軍』が、世界的な大ヒットとなり話題になってます。
昨年9月、米国テレビ界のアカデミー賞ともいわれるエミー賞で、作品賞・主演男優賞・主演女優賞など史上最多の18部門を制覇、日本人の受賞者も史上最多9名となりました。また、今年1月に催されたゴールデングローブ賞では、作品賞を含む最多4冠を達成しました。
これまでにもサムライが登場する海外の映画やドラマはたくさんありました。しかし、日本人がスタッフの中枢に招かれ、細部までこだわり抜いた本格的な作品は多くありません。
『SHOGUN 将軍』は、その8割近くが日本人によって日本語で演じられています。つまり米国人らは英語字幕で映画を視聴することになります。米国人は字幕を読むことに抵抗があるとされる中、これは作品作りにおいて非常に重要な決断でした。
脚本家のジャスティン・マークス氏(JUSTIN MARKS)は、このドラマのテーマは「翻訳」だと言います。「日本人の間で何が話されているのか、完全には理解していないことを外国人(三浦按針ら)が理解し、あるいは翻訳を通じて知り、日本人たちが求めるものに、外国人の視点を取り入れるというプロセス」についての物語だからだという意味です。
本作品では、脚本、衣装、美術、演技、アクション、撮影等々、あらゆる創作過程において、海外と日本との間に、幾重にも重なる文化交流が繰り広げられました。
We have an incredibly complicated and fantastic script translation process.
私たちには信じられないくらいに複雑で素晴らしい台本翻訳プロセスがあります。
Erin Smith / Producer (エリン・スミス / プロデューサー)
[語註]
incredibly 信じられないほど
complicated 複雑な
fantastic 非常に良い[優れた]、素晴らしい
script 台本、脚本、シナリオ
脚本を担当したのは、マークス氏と妻のレイチェル・コンドウ氏(Rachel KONDO)。彼らが英語で脚本を完成させた後、アジア系米国人を含む翻訳チームで日本語化。通常、彼らの歴史アドバイザーであるフレデリック・クラインズ(Frederik Cryns、国際日本文化研究センター教授)も目を通しました。
プロデューサーの宮川絵里子氏によれば、最初に出来上がった翻訳は「話し言葉」ではなく「書き言葉」になっていたそうで、そのまま脚本として使うことはできないと判断。彼女はそれを京都にいる脚本家の森脇恭子氏に回し、「現代的な雰囲気を感じさせつつも、時代劇らしいセリフ」へと推敲してくれるよう依頼をしました。
そして、出来上がった原稿を宮川氏と真田氏が検討。さらに真田氏は現場で俳優たちとともに、より良いセリフにするための調整を続けました。
俳優から脚本変更の要望が出ることもありました。自分のキャラクターと合わなかったり、演技をしているうちにそのシーンにはまらないことがあるからです。また、俳優たちは撮影中も即興で演じており、言葉は微妙に変化していきました。
ところが、これが英語字幕の作成を難しくしました。
マークス氏とコンドウ氏が最終的に行ったのは、俳優が実際に言った台詞を再び英訳し直すことでした。外国映画ではしばしば、字幕は台本に書かれた言葉であり、俳優が実際に口にする言葉ではない場合があります。
『SHOGUN 将軍』の制作チームは、編集作業の段階で字幕をチェックし、俳優の表情から見てとれる感情を表す言葉が使用されているかどうか、観客はその言葉で、そのキャラクターに共感することができるかどうかを、確認したそうです。
We wanted to make sure this game of telephone that was being played would be closely polished.
私たちはこの伝言ゲームを、できる限り近い言葉になるように磨き上げたかったのです。
JUSTIN MARKS(ジャスティン・マークス)
[語註]
game of telephone 伝言ゲーム
※翻訳の過程を経るごとに微妙に変化し、最終的にはオリジナルの台詞とは異なる意味になってしまう場合もある状況の例え
polished 〔文体や技量を〕完全にする、完成させる
幾重にも繰り返された日本語訳と英語訳。そんな観点からもこの作品を味わってみてはいかがでしょうか。
『SHOGUN 将軍』は「Disney+(ディズニープラス)」で視聴可能。日本語字幕はもちろんのこと、英語字幕に切り替えることもできます。
※『SHOGUN 将軍』(ディズニープラス)
◎参照リンク
※『SHOGUN 将軍』プロデューサー・宮川絵里子が“エミー賞最多ノミネート”に至るまでの道のり(映画.com)
日本人プロデューサーの真田広之氏と並び、忘れてはならないもう一人の人物、宮川絵里子氏。長年、ハリウッドと日本の文化の架け橋を担ってきた彼女のどのような道のりを経て、「SHOGUN 将軍」に辿り着いたのかが紹介されています。
憧れは、日本人初の国連難民高等弁務官の緒方貞子氏。映画に関わるきっかけは、クエンティン・タランティーノ監督作『キル・ビル』の現場通訳の仕事だった等、興味深いエピソードが紹介されています。
※ Why Shōgun Had to Be Told in Japanese
※ The Making of Shōgun – Chapter Nine: From Script to Screen | FX