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バイリンガルは
認知症の発症が
4~5年遅い!?
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To have another language is to possess a second soul.
「二つ目の言語を持つということは、二つ目の魂を持つということだ」
8世紀後半に西ヨーロッパを統一したカール大帝(Charlemagne)の言葉です。
武人としてのイメージが強いカール大帝ですが、「文化・教育の保護者」としても知られています。
カール大帝は、ドイツ西部にあるアーヘンの宮廷等に、各地から分人・学者を呼び寄せ、学校を建てました。
そこでは、ローマの古典文化を範としたラテン語の文法、修辞、理論に、算術、畿何、音楽、天分の4学科を加えた「教養7学科」が学ぶことができました。
この学校で誰よりも熱心に学んだ生徒は、他ならぬカール大帝自身だったそうです。
彼はこの時代の唯一の書き言葉だったラテン語を習得しようと、寝床にまで羊皮紙を持ち込んで、書き取りの練習をしていたといわれています。
「言語を学びたい」
「外国語を学びたい」
このような情熱はどこから生まれるくるものなのでしょうか。
BBCのラジオ番組「Lost for words」の中で、興味深い調査結果が紹介されていました。
“The bilinguals showed symptoms of Alzheimer’s some four to five years after monolinguals with the same disease pathology.”
(バイリンガルはモノリンガルにくらべ、アルツハイマー型認知症の発症が4~5年程度遅い)
※「Lost for Words ? what happens to language in the onset of dementia?」より
(言葉の喪失 ? 認知症を発症すると、言葉はどうなるのか?)
ジャーナリストのデヴィッド・シャリアトマダリ(David Shariatmadari)さんの父エブラヒム(Ebrahim)さんは、1960年代にイランから渡英した医師でした。
1972年にイギリス人女性と結婚。
エブラヒムさんは職場でも家でも英語を流暢に話し、ペルシャ語も話していました。
ところが、それから25年が経ったある日、家族でイランに行った時にある変化が起こりました。
エブラヒムさんは家族にはペルシャ語で話しかけ、ペルシャ人には英語で話すようになったそうです。
家族の中でペルシャ語がわかる人はいませんでした。
以降エブラヒムさんの英語力は低下し、その代わりに第一言語であるペルシャ語がどんどん出て来るようになったそうです。
後にアルツハイマー病と診断。エブラヒムさんが亡くなる6年前のことでした。
認知神経学者のトーマス・バク博士(Thomas Bak)はエブラヒムさんの症例について、「人生の最初の数十年で習得したペルシャ語がとても強かったのでしょう。
その後に英語が入ってきて、第一言語からの切り替えが行われたのですが、ペルシャ語で構築された脳内の言語ネットワークの方が強力だったようです」と、説明しています。
バク博士は、バイリンガルであることが認知機能にどのような影響を与えるのかについての研究で知られています。
エブラヒムさんの場合も、バイリンガルだったからこそ、少なくとも数年間は、認知症の症状を抑えることができたと指摘しています。
多言語を話すことは、脳にどのようは影響をもたらすのでしょうか。
バク博士は、自身の体験から次のような事例を上げています。
“My mother tongue is Polish but my wife is Spanish so I also speak Spanish, and we live in Edinburgh so we also speak English,” says Thomas Bak.
「私の母語はポーランド語ですが、妻がスペイン人なので、私はスペイン語も話しますし、エジンバラに住んでいるので英語も話します」とトーマス・バク氏は言います。
“When I am talking to my wife in English, I will sometimes use Spanish words, but I never accidentally use Polish.
And when I am speaking to my wife’s mother in Spanish, I never accidentally introduce English words because she doesn’t understand them.
「妻と英語で話しているときに、スペイン語の単語を使うことはありますが、間違ってポーランド語を使うことはありません。
なぜなら妻はポーランド語がわからないからです。
It’s not something I have to think about, it’s automatic, but my executive system is working very hard to inhibit the other languages.”
考えなくても自動的にできることですが、私の実行システムは他の言語を抑制するために一生懸命働いています」
※The amazing benefits of being bilingual
(バイリンガルであることの素晴らしい利点)
「実行システム」とは、複雑な課題の遂行する際に、課題ルールの維持や切り替え、情報の更新などを行うことで、思考や行動を制御する脳の働きのこと。
多言語を話すためには、複数の作業を同時にもしくは短期間に並行して切り替える(マルチタスク)という脳内の作業が必要になります。
それは知らず知らずのうちに脳に刺激を与え、脳をより健康な状態に保つ効果があるのかもしれません。
さらにバク博士は、人間の脳が2つ以上の言語を話すのは普通のことだとさえ言います。
「人類の歴史を振り返ってみると、ほとんどの人がマルチリンガル。
モノリンガルというのは、比較的最近の現象」とした上で、「この観点からすると、マルチリンガルが利点をもたらすというよりも、モノリンガルがリスク要因であるということ」と、興味深い指摘をしています。
たとえば、現代の狩猟採集民を見ると、ほとんどが多言語を話しているそうです。
「子供を産むためには、同じ部族や一族の人と結婚してはいけないというルールがあり、それはタブーです。
だから、子供の父と母はそれぞれ違う言葉を話すのです」。
オーストラリアのアボリジニでは、今も130以上の先住民族の言語が話されているとのこと。
「誰かと一緒に歩いていて、小さな川を渡ると、突然、相手が別の言語に切り替わることがあります」とバグ博士は言います。
命をつなげてゆくために、多言語が話せることは必須であるということなのでしょうか。
晩年、お父様がペルシャ語でしか話すことができなくなったデヴィッド氏ですが、「認知症は常に残酷な病気」としながらも、「父がバイリンガルであったことで、私たちはより多くの明るく輝かしい数年を過ごすことができたのではないかと思うと慰められます」とも語っています
私たちが外国語を話せるようになりたいという欲求は、もしかしたら「脳がより長く健康でいたい」と欲する、肉体の内側から湧き出る本能的なエネルギーなのかもしれません。
◎関連リンク
※トーマス・バク博士らの報告書
※Bilingualism delays age at onset of dementia, independent of education and immigration status
(バイリンガルは教育や移民経験の有無にかかわらず、認知症の発症年齢を遅らせる)
※トーマス・バク博士らの報告書
※Does bilingualism influence cognitive aging?
(バイリンガルは認知老化に影響を与えるか?)
※Lost for words (言葉の喪失) ラジオ番組の音声