“kick myself””の意味は?
”I am kicking myself”
「私は私自身を蹴っ飛ばしている」? そんなこと可能なのでしょうか?
右足で自分の左足を蹴るならできそうですが、でもなんのために?
自分で自分を痛めつけるようなこのフレーズ、実際は何を意味しているのでしょう。
どんな時に人は自分のことを蹴り飛ばしたくなるのでしょう。
これは、「不注意な言動、ばかげた行為、おろかな失敗などを犯してしまった自分自身に対して、とても腹を立てている」「〔過去を振り返って〕後悔する、悔やむ、自分を責める」という意味なのだそうです。
たとえば、決勝進出がかかった大事な試合で、自分がエラーをしたことが原因で負けてしまったとしたら、「どうして自分はあの時あんなミスをしたのだろうと」と悔やみ、自分自身を責め立てるかもしれません。
その場合は、
I am kicking myself because we lost the game.
(その試合に負けてとても悔しい。負けたことをとても悔やんでいる)
と言うのだそうです。
映画『キルトに綴る愛』”How to Make an American Quilt”では、次のような場面で使われていました。
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Finn:(フィン)
I’m young, I’m supposed to do foolish things.
(私は若いの、だから馬鹿なこともするのよ)
Marianna:(マリアンナ)
-And spend the rest of your life paying for them.
(そして、その代償を払うために残りの人生をついやすことになるの)
-Well, it’s better than spending the rest of my life wondering what I missed.
(行動しなかったことに思いをめぐらせて残りの人生を送るよりいいわ)
-I’d rather wonder than kick myself.
(後悔するよりも、私は思いをめぐらせるほうを望むわ)
-Well, I’d rather kick myself.
(私は後悔がしたい)
-Fine. You will end up with a deeply sore backside.
(フィン、あなたはお尻に深い傷がきざまれることになるわよ)
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「私は若い。後悔を恐れない」そう言っていた主人公のフィンは、婚約者のサムを裏切る行為をしてしまいます。
しかしその後、自分の軽はずみな行動を悔やむようになり、自分自身を厳しく責めることになるのでした。
ところで、行き場のない怒りが身体から溢れだすときは、その怒りは人間の足に来るのでしょうか。ばたばたと地面を足で踏みつける「地団駄(じたんだ)を踏む」という表現が頭に浮かびました。
「地団駄」の語源は「地踏鞴(じだたら)」。
鉄の加工に必要な空気を送り込む、足踏み式の送風装置のこと。
「地踏鞴」を踏んで、炉の中に空気を送り込む様子が、悔しがって地面を激しく踏むのに似ていることがから、そう言われるようになったとのことです。
この「地踏鞴」は、古代製鉄の地、奥出雲地方がモデルとなったといわれる宮崎アニメ『もののけ姫』の中に登場しています。
出雲では、「ふらふら」を「ふんらふんら」、「ぞろぞろ」を「ぞんろぞんろ」と、「だらだら」を「だんらだんら」と、言葉に「ん」入れる傾向があるとのこと。
「じだたら」が「じたんだ」に変化していったのも、この出雲弁が影響しているのでは、との指摘もあるようです。
自分を責めてみたり、また、時々自分を褒めたりしながら、自分自身とうまく折り合いを付けて行きながら、生きて行ければと、”kick myself”の意味を学びながら思いました。
(※)関連リンク
「くやしい」を英訳してください。
(※)参考図書
『地団駄は島根で踏め』(わぐりたかし著)